0. 榮と輝
                      氷高颯矢

 世間では友達のような親子というのがよくあるそうだが、この親子も、その例に漏れなかった。
「おい、榮。京都行くぞ」
「はぁ?」
 カメラマンの父親が、突然ふらりと旅に出るのはいつもの事だったが、榮を誘うのは珍しかった。
「何で京都?」
「仕事じゃなくて、プライベート。でも、榮は仕事だけどな♪」
「どういう事?」
 ケラケラと笑いながらこう言った。
「お前の仕事ぶりでも見てみようと思ってな」
「別に見なくて良いよ。それに京都じゃなくても…」
「ダメ。もう頼まれてんだもん。それと、蒼軌は連れてかなくて良い。小さい仕事だからな」
 蒼軌というのは、榮の一族に伝わる式神、『式鬼』の名前だ。それぞれが意思を持ち、主を選ぶ。
「…それに、俺も行くし」
 父の輝も、昔は『式鬼』を従える退魔士である『式鬼使い』だった。引退したとはいえ、霊力は優れているので、今でも十分戦力になる。
「足手まといになんなよ!」
「はいはい」
 輝は相変わらずケラケラと笑っている。

 京都に着くと、まず『赤家』の当主・彩に会わなければならない。
「――という訳で、承認をしていただけるかな?」
「いいだろう」
 彩が苦手な榮は頑なに会う事を拒否した。そこで、輝が承認を得に来た。彩は、相変わらず全身真っ白な衣装で、色を有するのは、瞳の色のみで、ルビーのような輝きを放っていた。
「…終わったよ、榮」
 奥の間から輝が出てくると、榮は明らかにホッとした安堵の表情を浮かべた。
「彩くんは会うたびに綺麗になるな…」
「はぁ?」
「お前が苦手に思うのも解らなくもない…」
「…?」
 輝の表情からその感情を読み取れる程、榮は繊細な人間ではなかった。

 輝の言う通り、仕事の内容はごくごく簡単なものだった。俗に、『落とし』と呼ばれるもので、憑依した霊を文字通り落とすのだ。こういう場合の霊は、大抵が浮遊霊か、動物霊である。
「楽勝だったじゃん!俺じゃなくてもあれくらい親父でも消せるだろ?」
「まぁね。でも、名前が重要なんだ。俺はカメラマンだからね。相手は納得しないよ」
「…ふ〜ん、そんなもんか?」
 榮は釈然としないといった態度で、どんどん先に行ってしまう。
「榮、良い事を教えてやろうか?」
「えっ?」
「巽が京都に来てる。修学旅行らしいが…もしかすると会えるかもな」
と、輝はニヤリと笑った。榮は真っ赤になりながら、平静を装った。
 巽は、『青家・式鬼使い』の紅一点で榮の父・輝が後見人をしている事もあり、幼馴染だ。榮にとって、最も身近な、ちょっぴり『特別』な女の子といえる。

「遠い日の幻・1」へ続く。
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